空むだ 20090302

20090302

デッドライジング ゾンビのいけにえ 総評というか。

バイオハザード4 WiiEditionの操作性が受けたからなんかまた作ろうぜっていうのが企画のスタート地点なんだろうなってところからまず。

システム的にはバイオ4Wiiを順当に進化させたものになっている。メニューを開かなくても構えた状態から武器を変えられるようになった。近接武器はボタンひとつで出せるようになった。近接武器のバリエーションが増えた。よろめき状態からのアクションが増えた。ダッシュボタンを排してアナログ入力でダッシュするようになった。お金や弾薬は自動で拾ってくれるようになった。操作性には特に文句をつけるところはない。強いて言うなら、オブジェクトに対するアクションがZ+Aなのは好みが分かれそう。「アクションはAで起こす」というポリシーを守りたいのだろうということと、Zはそれ以外のアクションが与えられてない(押そうが押すまいがオブジェクトの近くでなければ関係ない)ことから、俺は別にいいかなって思った。

惜しむらくは、これらのシステムがゲーム性とあんまりうまく調和していないところ。バイオ4が次から次へと新しいところへ行く探索型アクションだったのに対して、デッドライジングはひとつのショッピングモールの中を右往左往するゲームであるため、どうしても操作性の良さだけでは飽きが来てしまう。オリジナルのデッドライジングでは、考えうる限りの自由度を与えて完全にプレイヤーをモールに放り投げ、定期的にCASEや救助を提示するに留めることで、モールを一種のアトラクションとして成立させていた。ゾンビのいけにえでは、ミッション制を取り入れたことが裏目に出て、自由度のないプレイを同じマップで繰り返し要求するようになった。やっていてつまらなくはないが、予想外の出来事に興奮することも特にないという、微妙なゲームに仕上がっている。

そもそもミッション制の使い方がおかしい。私が想像していたものは、救助ミッションとCASE FILEを埋めるミッションはそれぞれ独立していて、CASEを埋めたい人はCASEのみを進めればよく、CASEを進めていくと救助ミッションが増え、あるいは期限切れで消えていくようなものだと思っていた。現実は違う。ミッションの進行はオティスに支配され、CASEミッション(厳密にはミッションではないが)と救助ミッションは交互に現れる。CASEを全てクリアすると救助ミッションが現れ、現れた救助ミッションを全てクリアすると次のCASEが現れる。完全な一本道である。ミッション制にした利点がストーリー進行の明確化にしかなく、攻略順序の自由度には繋がっていない。いくつかのシークレットミッションもあるにはあるが、救助者0でエンディングを迎えるなんてことはできない。

結果的にゾンビのいけにえは、偉大な両親を持ちながら、それぞれの要素をうまく混ぜ合わせることができておらず、実にもったいない作品に仕上がっている。オリジナルのようにゾンビと楽しく遊ぼうと思えば遊べる。だがそれは何の結果にも結びつかない空虚な時間でしかない。欲張って色々なエッセンスを詰め込もうとせず、システムに合ったゲームを考えてほしかった。もったいないとしか言いようがない。

要するにオティスが悪い。


メニューを開かなくても武器を変えられるようになったが、ショットガンが万能すぎるし武器の割り当てが変えられないのが片手落ち。近接攻撃をボタンひとつで出せるようになったが、いろんな方向に攻撃するのは難しくなった(下段攻撃がやりやすくなったのは良)。よろめき状態からのアクションが増えたが、戦況を打開するためのものというより、小銭を稼ぐためのものになってしまっている。アナログ入力でダッシュするようになったが、そもそも歩かなければならない繊細なシーンがない。要するに全体的にゲームデザインと調和できてない。俺はこれで探索ゲー作るべきだと思うんだ。


テンション上がると一人称が変わる病気なんです。


個人的にはこのシステムで武器持ち替えをシームレスにする必要もあんまないような気がするんよね。うわっ敵来たちょっと待ってメニュー開いてえーとどうしようみたいなのも面白いと思う。バイオ5の体験版やってすごくそう思った。